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2015年02月11日

2月4〜5日「鹿児島の女たち、福島の女たちの共同アクション」開催!

原発いらない鹿児島の女たちと福島の女たちが、共同で川内原発の再稼働に反対するアクションを起こしました。その模様をメンバーの黒田さんの投稿でご紹介します。


連日の過密スケジュールの中で実に良くやった女たち・男たちでした。
当初、鹿児島の女たちとの共同アクションと名打って想いだけは先行してあったものの、 遠く離れた人たちとの共同作業が実際は海のものとも山のものとも知れず…。
そんな中で、阻止ネットをはじめとする東京の人たちの動きは頼もしい限りでした。3年前の3日間の座り込みでのあの殺人的な?準備に比べれば、私たちは「左うちわ」でした、本当に。二つの「島」の間を取り持って、ほとんどの実務を担っていただきました。感謝です。

女たちの「呼びかけ」による男たちとの共同作業、という切り口もまた見えています。 これはちょっとした実験でした。この視点から振り返ってみるのもいいかもしんない…とも思っています。

欲張りなスケジュールでした。これは最大の反省点でしょうか。
3省庁の交渉は時間が各45分しかないのだから、役人たちをホッとさせていたのではないかと。入れ替わり立ち代り目の前の役人たちを順繰りに変えて、私などは最初の対経産省だけで、もうエネルギーを使い果たしたァ…でした。また、せっかく遠方から来た人誰もがもっと発言できるような、促しがあってもいいのではと感じました。相当欲求不満の出る回答ですから、せめて一言なりと声出さないと身体に悪いです。

お茶でも飲みながらもっと話し合う時間が欲しかったけど、鹿児島の女たちとの出会いはこれが始まり。再稼働許さない女たちのネットワークは力強く、きっと、おだやかで温かい。福島の女たち、さらに世にはびこるゾ。
〈黒田節子@原発いらない福島の女たち〉


◆アクションのご報告◆

【各行動の参加者数】
(原発いらない鹿児島の女たち)17名
(原発いらない福島の女たち) 15名

2月4日
14時〜15時〈経産省前抗議行動―80数名〉
14時〜15時〈規制委前抗議行動―50数名〉
16時〜17時10分〈官邸前抗議―約200名〉
17時30分〜18時45分〈九電東京支社申し入れ・抗議行動―約200名>
18時30分〜19時30分〈全労協労働者集会―約100名)
19 時〜20時15分(東電本店合同抗議―300名)

2月5日
10時〜11時 フリー集会(日比谷図書館会議室)−約60名
11時30分〜12時10分 霞ヶ関ランチデモ―約50名
12時55分〜15時20分 院内集会−約200名
官邸前抗議、院内集会、九電抗議行動は参加者多数のため正確にカウントできていませんが、ほぼこの数字で間違いないと思います。東電抗議はカウントしている実数です。

○省庁交渉時における省庁の出席者リスト
内閣府
喜多 充 内閣府政策統括官(原子力防災担当)付参事官(地域防災・訓練担当)付地域防災推進官
野島 久美子 内閣府政策統括官(原子力防災担当)付参事官(地域防災・訓練担当)付参事官補佐
井上 博文【当日欠席】 内閣府政策統括官(原子力防災担当)付参事官(地域防災・訓練担当)付訓練専門官

規制庁
原子力規制庁原子力規制部原子力規制企画課 戸ヶ崎 課長補佐
原子力規制庁原子力規制部安全規制管理官(地震・津波対策担当)付 渡辺 管理官補佐
原子力規制庁原子力規制部安全規制管理官(BWR担当)付 村田 管理官補佐 熊谷 管理官補佐
原子力規制庁原子力規制部安全規制管理官(PWR担当)付 大野 係長
原子力規制庁長官官房原子力災害対策・核物質防護課 薮本 係長

資源エネルギー庁
省エネルギー・新エネルギー部 新エネルギー対策課 課長補佐 石澤善治
電力・ガス事業部 電力市場整備課 補佐 野沢直樹
電力・ガス事業部 放射性廃棄物等対策課 補佐 渡辺琢也
電力・ガス事業部 原子力政策課 係長 村上豊
電力・ガス事業部 原子力立地・核燃料サイクル産業課 係長 末政憲司
電力・ガス事業部 電力基盤整備課 係長 秋間雄太
電力・ガス事業部 政策課 係長 福澤秀典
他1名

○議員要請出席 国会議員(敬称略にて)
【発言者】
山本 太郎
菅 直人
鈴木 克昌(比例区 東海 衆議院 民主)
田村 貴昭〈比例区 北九州 共産党
河野 正美(比例区 北九州 維新)

【発言者以外】
横路 孝弘(北海道1区 民主)
福島 みずほ
*ほか1名の議員の方が一般参加している模様です。【受付確認できず】

【代理参加】
辻本 清美〈岩崎 雅子秘書〉
吉川 はじめ〈伊藤 剛秘書〉 衆議院
吉良 よし子(三宅 愛未秘書) 参議員 共産党
福島 みずほ〈池田 幸代秘書〉 参議院 社民党

○官邸前抗議 福島みずほ
以上、みなさま、ありがとうございました。

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2015年01月20日

2月4〜5日「川内原発再稼働阻止アクション」開催!

2月4〜5日、「原発いらない鹿児島と福島の女たち」が、関係省庁への申し入れや院内集会、デモなどを含む「川内原発再稼働阻止アクション」を、都内で繰り広げます。原発再稼働を望まないみなさま、ぜひお集まりください。

チラシができました。拡散ください。

2015-2-4-5.jpg

川内原発再稼働阻止.pdf ←ダウンロードください。


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2015年01月07日

2月4・5日「川内原発再稼働を許さない」アクション開催!

鹿児島県川内原発再稼働を許さない女たちが立ち上がります!



女たちは訴える

原発いらないすべての人々、とりわけ全国の女たちに訴えます。
鹿児島県の川内原発が春にも再稼働されようとしています。
福島原発事故の原因究明と事故処理もままならず、被災者への償い、子どもに多発している甲状腺がん、放射性廃棄物の問題など、あらゆる面で途方もない未来への負の遺産をつくり、暗雲の中を歩み続けなくてはならない私たち。このような状況にもかかわらず、国は情報操作と専門家の動員で事故と放射能被ばくを過小評価し、たくみな隠ぺいと責任逃れをしています。

いま、「鹿児島(をはじめとする全九州)の女たち」と「原発いらない福島の女たち」が手をとり合って、国の暴挙に立ち向かおうしています。

私たちは原発を拒否する!
他者の犠牲のもとに作られる原発はいらない!
生命を再優先にする暮らしと社会を作っていく!
おだやかなネットワークと非暴力で、しかし毅然とこれらを主張する。

全国の女たち、全世界の女たちよ、2月4、5日には東京・霞ヶ関に結集して「原発再稼働 許さない!」の声をあげよう。再びあなたと共に座り込み、抗議し、祈り、歌えることを願っています。

<呼びかけ>
原発いらない鹿児島の女たちのネットワーク
原発いらない福島の女たち

2月4,5日の要請文.pdf ←クリックしてダウンロードください。
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2014年12月30日

「障害のある人とともに考える防災ワークショップ」in鳥取、島根

今回の投稿は、原発いらない福島の女たちのメンバー・大河原さきさんが、タケダ・いのちとくらし再生プログラムの「障害を持つ人の防災ワークショップ」に報告した原稿の転載です。

page20141230.jpg

「原発いらない福島の女たち」のメンバーでもあり、障がい者の自立生活支援をしている障がい当事者の鈴木絹江さんの発案で始まった、防災企画会議による「障害のある人と共に考える防災ワークショップ」のファシリテーターの一人として参加しました。今年度中に全国5か所の原発立地県で開催予定で、その1,2回が鳥取県米子市、島根県松江市でした。今後は鹿児島市、青森市、福井県で開催予定です。

この出前ワークショップの主旨は「災害時に最も弱い立場に置かれる障がいを持つ人たちの、災害リスクの削減の目標は差別、格差、排除をなくすことであり、そのことを、一人ひとりが自分のこととして考える。障がいを持つ人の立場から地域に潜む災害リスクを検証し、災害に強いまちづくりを市民や行政(福祉・防災・都市計画・交通・原子力規制委員)に訴えていく場を作る」というものです。

ワークショップは二部構成となっており、第一部は南相馬市で障がい者の地域生活支援をしている青田由幸さんより、原発震災当時の要援護者の緊急避難やその支援の実態と、その後の福島の状況についての講演がありました。障がい者や高齢者が逃げ遅れ、避難してもしなくてもどちらも過酷な現実が待っていたこと、また、福島県は原発事故があったために直接死よりも災害関連死のほうが多くなっていることや、地域や家庭が分断されている実態の報告に参加者からため息が漏れていました。

第二部は原発震災が起きた時に、当事者としてどう判断すればよいのかクロスロード(分かれ道)ゲームという方法でワークショップを行いました。6〜8名ぐらいのグループに分かれ、島根原発が巨大地震により事故を起こしたという具体的な設定で、避難に関する設問に対し自分はどうするか、それぞれの判断理由を披歴して話し合いました。立場や状況の違いから答えはひとつではなく、それぞれが話す中での気づきもありましたが、時間的な制約もあり、詰めて話し合うまでには至りませんでした。クロスロードゲームは具体的な設定と、個人に判断がゆだねられる点で臨場感と緊迫感があり、自分の問題として捉えやすいことから、この方法を使って、地域で災害弱者を含めた原発震災の防災について話し合いを持ちたいという意見も出ていました。

今回のワークショップは、鳥取、島根の障がい当事者団体と脱原発のグループ(えねみら・とっとり、さよなら島根原発ネットワーク)が協力して開催し、行政の関係者や市議会議員も参加していました。(島根では衆院選と重なってしまい行政関係者は参加できませんでしたが)講演会には、両会場とも60数名、ワークショップには40名ほどの参加がありました。

島根県の県庁所在地である松江市は、島根原発から20キロ圏にすっぽりと入ってしまい、事故が起きて30キロ圏の人たちも避難することになると、46万人が岡山や広島に通ずる道路に殺到することになるとのことで、想像しただけでも身震いがします。

ワークショップに参加した障がい当事者でNPO法人の理事長をしている方が「大変な現実を知ってしまった」と何度もつぶやくのを聞き、原発震災の避難計画を自治体や福祉事業所、病院に丸投げして、避難計画ができているかのように装い、住民の強い反対があっても、原発再稼働を進めようとしている自民党政府に対してあらためて怒りがわきました。

地震や津波のような自然災害に対しての備えはしていかなければなりませんが、原発は人間が動かしているものですから、災害のリスクを減らすうえで一番にしなくてはならないのは、再稼働をしないということのはずです。アメリカのショーラム原発が、地域防災計計画が問題だらけだということで、住民運動により廃炉に追い込まれたように、このまま原発を廃炉にする方が、回避できない放射能被害からの避難計画を苦心して立てるよりは、よほど安全で経済的であると、国や自治体に訴えていくこともしていかなくてはならないと思いました。

■写真の解説
  1. ワークショップの様子
  2. 米子鬼太郎空港から乗ったのは、鬼太郎電車!
  3. 米子実行委員会の「えねみら・とっとり」の中山さんと、障害者生活支援センターすてっぷの光岡さん。中山さんは今回の開催に尽力してくださり、2日間とも泊りがけて準備してくださいました。
  4. 視覚障害の方も盲導犬とともに参加。
  5. 松江会場の実行委員長は、障がい当事者で、双葉町から避難された桑原さんでした。
  6. 南相馬の青田さんの講演。
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2014年11月04日

「福島の女たちカレンダー」が東京新聞に!

2014.11.4東京新聞.jpg

本日(11月4日)、東京新聞で「福島の女たちカレンダー」が紹介されました。さっそく、たくさんのお電話をいただいております。

3,000部限定発行(制作協力:梨の木舎)
1部1,000円+送料(10部以上は1部800円送料、無料)

◆申込先・原発いらない福島の女たち(カレンダーチーム)
070−5018−7478(くろだ)
070−5559−2512(あおやま)

◆申し込み書

posted by おんな100 at 20:59| 福島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月01日

再稼働反対の要請を送りましょう!

川内原発再稼働の動きも山場を迎えました。
5日は本会議で伊藤知事が招集の理由を説明した後、各会派からの質疑。
6日は原子力安全対策等特別委員会が開かれ、再稼働関連の陳情の審査と採決。
7日は本会議で委員長報告と陳情に対する討論・採決。
議会の多数を占める推進派は、この3日間でさっさと行政手続きを進める腹積もりとのこと。

★この週末から要請を集中してください! ※短いものでも構いません。
 
<参考>
川内原発の安全は、審査書だけで保障されていません。
県民の反対の声を無視して、地元同意手続きを進めないでください。
再稼働について意見をきく公聴会を開催してください。 
https://dl.dropboxusercontent.com/u/23151586/141020_jimotodoiyousei.pdf 
 
【宮沢洋一経産相】
(地元TEL)082−511−5541
(ご意見フォーム)
「利益相反の東電株主に経産大臣の資格なし。鹿児島行きをやめて辞任を」
 
【伊藤祐一郎 鹿児島県知事】
(FAX)099−286−2119
知事へのたより(入力フォーム)
https://www.pref.kagoshima.jp/aa02/chiji/tayori/tayori/input_form1.html
知事後援会 (FAX)099−814−3400
 
【鹿児島県議会議員】
<原子力安全対策等特別委員会>
委員長  中村眞   (FAX)0996−75−1571
副委員長 成尾信春    (FAX)099−267−4273
委員    遠嶋春日児  (FAX)0996−23−7753
委員    まえの義春  (FAX)0994−44−6849
委員    瀬戸口三郎  (FAX)099−484−1523
委員    井上章三  (FAX)0996−59−2136
委員    藤ア剛  (FAX)099−833−3360
委員    田中良二   (FAX)0996−30−2490
委員    吉留厚宏  (FAX)0996−33−2178
委員    まつざき真琴(FAX)099−243−5263
委員    岩崎昌弘    (FAX)099−273−0777
委員    大園清信    (FAX)099−275−0148
委員    外薗勝蔵    (FAX)0996−23−2260
委員    小幡兼興    (FAX)0996−62−0210
委員    山田国治    (FAX)0995−47−2935
posted by おんな100 at 20:24| 福島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 要請 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

福島⇒台湾訪問記(黒田節子)

9/25〜10/1にかけてNNAF(ノーニュークスアジアフォーラム)のツアーに参加し、台湾を訪問して来ました。


9/25(木)各国の参加者、台北に到着

26日(金)NNAF国際会議(国立台湾師範大学国際会議ホール)。歩道をプラカード広げながら会場移動。「蒋介石記念堂」自由広場で地べたに座って夜の歓迎会。心地よい風とライヴ。日本の官邸前金曜行動にヒントを得て、原発反対の集会が毎週ここでもたれている。

27日(土)午前、共同声明。午後、断食宣言の英雄・林義雄さんを訪問し「台湾社会運動歴史記録センター」「台湾民主化運動館」を見学。ここまで台北泊

28日(日)第二・第四原発見学&住民との座談会。台東市泊

29日(月)〜30日(火)LanYu(蘭嶼)島の核廃棄物貯蔵所見学、島内一周、交流会など。夕方出港

10/1(水)早朝、成田着。(往復:バニラ・エアライン)


■国際会議

香港、モンゴル、インド、韓国、インドネシア、フィリピン、トルコ、日本からの参加者がそれぞれに自国の状況を報告。ここではアジアの核問題についての深刻さが浮き彫りになった。核「先進国」が後発国をだまくらかしてその国土を汚染しているし、国内で作りにくくなった原発を輸出しようとする日本はとりわけ恥知らずな国である。その日本からの「フクシマ報告」は、アジアの参加者にいったいどのように聞こえたのだろうか。


■第4原発が凍結

台湾といえばこの4月、5万人の民衆が台北市のメインストリートに座り込んで第4原発がついに凍結されたこともあり、なぜそのような大規模な行動が可能だったか、大変興味を持っていたところだった。バスの中から見た駅前道路はとっくに平常に戻っていたが、あの広い交差点が原発反対の人々の群れであふれ、座り込み、ついに政権が凍結を宣言したかと想像するだけで感動。それは完全に‘非暴力直接行動’で、若い人たちが結構‘楽しげ’にぞくぞく集まってきたと。なるほどね。それにしても台湾の若者がなぜに元気なのか、それは以前からの疑問だった。

私なりに聞きかじった答の一つは、もともと脱原発派が多数なところに、大物芸能人や文化人がネットを意識した新しい感覚での行動をたくさん作っていったことなども効果的だったと。視覚に訴える総統府前での人文字ダイ・インなどはまるでスタントマンを大勢使った映画でも見ているようで、新鮮なインパクトのあるアクションだ。加えて、311フクシマ+ もともとの社会不満があったこと、これは言い換えれば代理制民主主義に対する不満でもあり、先人の歴史を少し振り返り学んでみる必要があるようだ。


■民主化闘争

 台湾の歴史はほとんど知らなかった。ん〜、かいつまんでいうと、日本の敗戦後、蒋介石が1947年から1987年までなんと40年間も戒厳令をひいていた国だということ。その間、民主化を求めて人々の苦闘の歴史があったのだ。この抑圧からの解放として昨今の運動が花開いた_と、すばらしい日本語の一人の長老が、素朴な私の質問に対して明瞭に答えてくれた。さにあらん。この春に断食宣言をし、人々を結集して第4原発を凍結に導いた林義雄さんは、若い頃、戒厳令下で獄中にいるときに母親と幼い娘さん二人を白色テロで虐殺されている方だった。直に本人とお会いし挨拶することができたが、まだまだ現役で頑張っておられる様子。彼やその友人たちは台湾民主化のリーダーであり、今の若い人にも大変尊敬されていて、日本でいうような世代間の分断はほとんど感じられなかった。先輩の話を良く聞く習慣や文化があるのかもしれないが、次世代へしっかりと受け継がれたものがあるのは間違いないようだった。


 旅の最中、香港で学生たちを中心とした大きな動きがあった。皆で宿のTVにかじりついて見ていた。その2日前にチョロッとフクシマ報告した台北の「自由広場」でも、香港に連帯する人々の群れにあふれていると興奮気味のアナウンサーは報じている。すごい。日本でも過去いろいろな闘いがあったハズだが、なぜ?どこが違うの?と疑問はさらに続く。

■霧社事件

また、台湾は、明治生まれの私の父親が若い頃暮らしていたことがあり、現地招集で「霧社事件」の加害者側の一兵卒として関わっていたこともあるところなのだ。「砲兵隊として高砂族を山の上から大砲を撃った。双眼鏡で見れば、クモの巣をつついたように逃げるのがよく分かった」というような話を私は生前に聞いていた。父はさすがに「酷いことをしたもんだ」と振りかえり、人々を悼む心情も確かにあったようだったが、その父の子として特別な気持ちを抱いたままの台湾訪問でもあったことを、やはりここに書かなくてはいけないだろう。


■LanYu(蘭嶼)島で

 台湾南端のずっと右側(東)にある島にオプショナルツアーで行った、その話。それはきれいな島だった。30年以上も前のこと、住民には「缶詰工場」といわれてできたものは、しかし、放射能廃棄物の黄色のドラム缶の貯蔵所だったのだ。「缶詰」違いダロッ!広大な貯蔵所、しかも海辺に。ドラム缶はメチャクチャな保管状況で人々がガンで亡くなったり、健康被害が出ている。海の汚染と津波も心配。住民が自ら測れる放射線検知器が必要だ。しかし、物をただ贈るだけではない支援(測り方、数字の持つ意味等々)が大切なこともこれまでの交流と経験から分かっている。


村の公民館のようなところでミーティングが持たれた。元村長さんが丁寧な品格ある挨拶の中にも 「昔、日本人学者・鳥居龍蔵が島の大切な物品を持って行ってしまった。返して欲しい」と発言。あの場でこれは余程のことである。今も昔も、日本人がアジアに対してやっていることは同じではないか。私たちはどう応えたらいいか、ハタと大きな宿題を与えられて来てしまった…。

LanYuで見た息を飲むように美しい海の迫力が忘れられない。童話に出てくるようなおもしろい形をしたたくさんの巨岩たち。ここが核で汚染されるなんて、、これは全ての命に対する、宇宙に対する人間の冒涜そのもの以外にない。

LanYuで誕生日を迎えたが、ずっとツアーに同行していたもう一人の節子さんも同じ月日に生まれたと。すごい偶然。島の小さな食堂で一行の皆さんに祝っていただいた。国内外のいろんな人と出会った旅でもあった。お世話になりました。漢字での筆談がかなり通じるので、往復の長い船中でもせっせと国際交流。フクシマに敏感に反応する台湾の若者たちでした。


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2014.10.10

黒田節子/「不要核電的福島女人們」

 (原発いらない福島の女たち)

posted by おんな100 at 20:14| 福島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする