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2016年07月16日

7・11伊方原発再稼働阻止共同アクション開催されました。

「伊方原発再稼働阻止」のための愛媛の女たちと原発いらない福島の女たちの共同アクションが、7月11日に開催されました。
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今月26日にも伊方原発の再稼働が予定される中、何かもっとできることはないか、できることはすべてやっていきたい、そんな思いだけが空回りしていた。これまで何回か会っている愛媛の女たちの顔を思い出し、「何かやろうよ」とダメ元で誘ってみた。女たちのノリはたいがい期待を裏切らない。一挙に決まった東京での抗議行動を報告します。

選挙の翌日だったから「寝不足まなこ」で参加した福島の女たちだった。

経産省前テント10時集合。同時刻、伊方ゲートでは再稼働前の最後になるかもしれない座り込みがされていたので、これに連帯する意味もある今日の共同行動だ。まずは経産省へ。担当職員が要請文を受け取りに門前まで出て来ることはなく、守衛が受け取ることさえもない経産省は、電話で「郵送で送って」の一点張りの対応だった。そればかりか、途中でガチャンと電話を切られてしまった。人間離れした冷たい仕打ちに唖然とする。そんなに「女たち」がコワイの?

美鈴さんは、あの時、なんと1時間以上も電話でのやり取りを門前でねばった(写真)。しかも、ごく丁寧&マイペースな愛媛弁は、私らがストップをかけなければまだまだつづく気配。オオモノだなィ。隣で電話音声をマイクで拾おうとしていた私は、感心して聞いていた。伊方の女のしなやかさ、したたかさは半端ではない。この間、暑い中、歩道で待機していた人たちには長い時間だったろうと心配したが、おしゃべりもできてリラックス、結構楽しんでいたヨと。さっすが〜、逆境をも楽しむ女たち。期せずして、ここでの攻防が今回のハイライトの一つになったのではないかと感じている。

次いで新橋駅前で街頭アピール。手書きチラシの裏は「髪を逆立て、まなじりを上げて、鬼ともなった母たち」のあの友禅染絵を全面に入れた。女たちの訴えは雑踏の中でどれほど届いただろうか。何人かから「私も原発は反対してるよ」と声がかけられた。昼食は日比谷公園内の茶店で。チャンゴde交流も木陰でホッとひと息(写真)。

夕方からは、衆議院会館の菅直人議員事務所を訪問。全員入れるとは思っていなかったが、約束時間までそこに行った24人全員が会議室に入って1時間以上、菅さんと話し合うことができた。伊方で1戸1戸廻って得たアンケート集めとその結果、311事故直後のこと、避難の権利をなどなど。

休む間もなく、四電東京支社抗議行動へ合流。すでにたくさんの方が集まって盛り上がっていた。フクシマを訴え、四電への要望書を読み上げる。チャンゴ隊再び登場。ここでも、たまたま辺野古から上京していた旧友と待ち合わせし、彼女はオキナワを報告してくれた。相変わらず淡々とした物言い、しかし、沖縄の熱い闘いの様子を。集会はいつもより時間を長くとり、夜8時頃まで続けられた。「伊方原発再稼働するな!」
■一応、女たちの711も四電前にて無事終了。部分的な協力も含めると100人近くの参加。暑い中での終日行動、炎天下付き合ってくださった方々、見えない支援を裏方で担ってくれた友人たち、言葉を交わす間もなかった多くの皆さん、ありがとう!言い表せない感謝の気持ちを込めて。
ツラツラ考えます。一人の人間の動きなど、時空の流れの中で、ほんの、ほんの一粒のものでしかない(あるいは一粒でさえもない)という自覚と、けれども、今も昔も人間らしく生きるための無数の抗いがあり、それに自分もきっと繋がるものとして想像すること。あきらめない、あきらめなくてもいいとは、多分そこからくるものではないか。

ンチタイム交流会の写真を見る。どの顔も笑っているステキな一枚だ。愛媛の女たちのまっとうな、あくまで礼儀正しい門前での抗議を思い出す。自然と顔の筋肉がゆるむ。
北海道、福島、鹿児島、沖縄、、今回の選挙では、たくさんの笑みがあっただろう。都知事選も1本化した。高浜3・4号機大津地裁判決、すばらしい。地域から上がった狼煙(のろし)()が「あぶり出し文字」をついに浮き上がらせる、というイメージはどうだろうか。ジワ〜ッと見えてくる文字は「伊方ストップ」か「全原発即時停止」か、それとも…。(節子)

以下、要請文を掲載します。




要請書

2016年7月11日

四国電力株式会社取締役社長 佐伯勇人 様


「原発いらない福島の女たち」

■本日、伊方原発の再稼働に反対する愛媛の女たちと「原発いらない福島の女たち」の共同行動において、福島からは以下の要請をする。

■福島第一原発事故は、5年以上たった今でも何一つ解決していないどころか、福島に留まる者も避難した者もさまざまな困難の中を生きていることを社長はご存知か。「原発事故さえなかったら」と書き残して亡くなった農家の苦しみのその一片でも、同じ人間として想像し、知ることを貴方に求めたい。奪われた大自然からの恵み、見えない不安や経済的な困窮、コミュニティーの分断などから精神疾患が急増している。自死も被災三県の中で最も多く、さらに増え続けている。また、放射能汚染によって生業を奪われた人たちは、除染や廃炉作業などの被ばく労働に就かざるを得ない状況にある。

今後何世代にも渡って放射能汚染が残ってしまうが、私たちの苦渋も続いている。

■フクシマは今、放射能汚染と被ばく問題の矮小化・被害者切り捨て政策があらゆる面で進んでいる。先日(6/6)第23回「県民健康調査検討委員会」の報告では、甲状腺がんの悪性その疑いがついに172人にも達した。他にも、北茨城市の独自調査では3人の子どもに甲状腺がんが見つかるなどしているが、国や県はいまだに原発事故との因果関係を認めていない。より広範囲で、より丁寧な健康調査が不可欠だ。被ばくを回避するためのあらゆる施策をとり、保養の制度化、生涯に渡る医療費の減免など「チェルノブイリ法」に学んだ被害者支援法を早急に作るべきである。

■フクシマは今、避難の権利、子どもたちを安全なところで教育を受けさせる権利が剥奪されている。避難指示解除と帰還政策が、強引に巧みに薦められている。来年3月の住宅補償打ち切りは非情な施策であり、強い憤りを持つ。被害者には安全な生活が補償されなければならない。これは普遍的・基本的な人権の問題である。私たちは憲法25条の生存権を犯されている。生存権とは人間が人間らしく当たり前に生きる権利のこと。私たちと私たちの子どもたちは、この生存権さえ奪われ続けている。

■未来に渡る甚大な被害があり、今も空や海には大量の放射性物質が漏れ出し続け、収束の目途すらついていない。事故原因も徹底解明されていない中で、なぜ伊方原発再稼働か。国も県も原子力規制委員会も東京電力も全くの無責任態勢、最終の責任はなすり合う関係で成り立っている。フクシマを経験しながら、しゃにむに再稼働に突っ走る姿は、人間の命・自然界の全ての生命を冒涜、ないがしろにし「原子力マフィア」とつるむ悪徳電力会社として歴史に大きな汚名を残すことになるだろう。


私たちは、原発事故によって苦しむ人びとをこれ以上増やしたくない。犠牲の上にしか成り立たない原子力発電を拒否する。すべての命を大切にしたい。


直ちに以下のことを決断していただきたい。


< 要請内容 >


伊方原子力発電所の再稼働をしないこと


以上について、2016年7月22日(金)までにメールで回答してください。



posted by おんな100 at 14:49| 福島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月25日

「さようなら原発 さようなら戦争 全国集会」

9月23日、快晴に恵まれた日曜日、代々木公園で「さようなら原発 さようなら戦争 全国集会」が開催されました。参加者は主催者発表で2万5000人。メインステージにはSEALDsの奥田愛基さんらが登場して反戦と反核を訴えました。

わたしたちの仲間、武藤類子さんはBステージとメインステージ、2か所のステージに登壇。福島の現状と脱原発を訴え、集まったみなさんと思いを共有しました。2つのスピーチをご紹介します。

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9/23 さようなら原発・戦争サブステージ スピーチ


皆さんこんにちは、福島から参りました武藤類子です。

先日、国会で驚くような暴挙で戦争法案が通ってしましました。沢山の市民が「憲法守れ」「安倍はやめろ」と雨もいとわずに何万人も集まって叫んだのに、聞く耳も持たず、本当に暴力的に決まってしまいましたね。

安倍内閣や自民党公明党その他の政治の在りようが、丸見えになるような出来事でしたね。そこには民主主義も平和主義もありませんでした。

今、福島でも同じようなことが起きています。
被曝と過酷な労働条件の中で働く原発や除染労働者問題、どんどん進められている帰還政策のもとに切り捨てられていく被害者の問題、子どもたちの健康被害に関する問題、山積みされる事故由来の放射性廃棄物の問題。先日大雨で400個ものフレコンバッグが川に流され中身が出てしまう事故もありました。海に流され続ける汚染水の問題、原発関連企業の利権が繰り返される問題。

さまざまに理不尽なことが、当事者の声を聞かず、強引に行われています。そして、それらは国や原子力ムラによる非常に巧妙なプロパガンダと結びついて行われています。

来年の3月、私の家の近くに完成する環境創造センターでは、子どもたちへの放射能教育が行われます。

そして「なすびのギモン」。環境省が刊行している子ども向けの漫画冊子です。3冊組で放射線についての説明があるのですが、9のホントに1のウソを潜ませています。例えば、「放射線は細胞を傷つけます。でも数時間で回復します。」と書いてあります。でも問題なのは、回復しないもの、間違えた形で回復するものがある場合です。今、高木学校の崎山先生とこの冊子についての学習会を県内で開いています。この冊子は郵便局でも、図書館でも、コンビニにも無料で置いてあります。

帰還と復興はそんな中で日々推進されているのです。

このままでは、被害者は切り捨てられ、我慢して放射能の中で暮らさせられ、事故の責任は問われず、忘れ去られ、そして再開された原発は同じ悲劇を繰り返すかも知れません。

事故にあった被害者たちが、声をあげ、立ち上がることでこの理不尽極まりない状況に何とか風穴を開けられないだろうか…。そして被害者が、立場の違いがあっても互いを理解し合いその違いを超えて手をつなぐことが大事だと考えました。

今年の5月に被害者団体連絡会(ひだんれん)を結成しました。損害賠償裁判、

ADR、告訴などに取り組む、被害当事者が主体の団体の集まりです。現在加盟団体はオブザーバー3団体を入れて19団体です。第1回目の行動は7月、酷暑の福島市で38.6°Cの中、デモをし、県と交渉をしました。1027日には2回目の県交渉を行います。来年の3月2日には、日比谷野音で大きな集会を開く予定です。まだ、出来たばかりのよちよち歩きの団体ですが、みんなで話し合いながら大事に育てて行きたいと思っています。皆さん応援して下さい。ブログとフェイスブックがあります。カンパもよろしくお願いいたします。「つながる」は今、とっても大切なキーワードだと思います。

もう一つのキーワードは「あきらめない」です。

告訴団のお話しをしたいと思います。

皆さんは告訴とか裁判とか、なじめない方も多いと思うのですね。私もそうでした。

でも人生を根こそぎ変えられるような被害にあった人たちが何十万人もいるのに、誰も責任を取って罰を受ける人がいないって、何だかおかしいよなと思いました。誰も責任を取らないうちに、どんどん事故は風化し、帰還が進められ、被害者は切り捨てられていく。そして原発が再稼働される。

私は原発事故が起きた時に、ああようやくこの国の原発は無くなる方向に行くだろう。大きな犠牲があったけれど、反省し新たな道を探るだろうと思いました。しかし、違っていました。原子力は何だか特別に守られているかのごとく、事故の真実が隠され、責任の追及はされませんでした。

2012年の3月に福島原発告訴団を結成して、6月と11月に東電役員や旧原子力保安院、文科省役人、御用学者と呼ばれた3人を含む33人と会社としての東京電力を告訴しました。でも、国の機関である検察は、この原発事故の罪は問わないと2度に渡って不起訴にしました。

しかし、一般市民がくじで選ばれる検察審査会の11人のメンバーは、2度とも「起訴」の議決を出し、今年731日、強制起訴が決まりました。原発事故から4年半、ようやく東電幹部3人の刑事責任を問う裁判が開かれることになりました。

この間、隠されていた沢山の事が、裁判や開示請求やジャーリスト、弁護士たちの努力で分かって来ました。

大きな津波が来ることは、東電は予想外ではなく分かっていました。津波による損傷を避けるための方策も検討されていました。でも東電は何もしなかったのです。

検察がこの巨大な事件を闇に葬ろうとするのを阻止したのは、何より検察審査会に選ばれた市民であり、この告訴の行方を見守り、諦めずに行動し続けた、被害者を始めとした市民一人一人の力だったと思います。これからの裁判は、裁判所が指定した5人の弁護士たちが、検察官役となって行われます。5人とも、経験豊かな素晴らしい弁護士さんたちだそうです。来年の3月頃には起訴状が出され裁判が始まるかと思います。

この裁判は、原発事故の真実を明らかにし、同じ過ちを二度と繰り返さないために、そして原発社会に終止符を打つためにとても大切な裁判です。

福島原発告訴団は、この裁判を支援する会を呼びかけ、日本中の多くの市民に関心を持って頂くための活動をして行きたいと思います。どうか、ご協力ください。一緒に裁判を見守っていきましょう。

私は915日の夜に、国会前に行きました。道路の反対側からSEALDsの奥田君や若い人たちのコールを聞き、そのシンプルでストレートな言葉に心打たれました。「戦争イヤだ」「怖くて震える」「民主主義ってなんだ」「立憲主義ってなんだ」

当たり前のことを当たり前に望む。その感性が素敵だと思いました。私たちの社会は一見複雑の極みの様相を呈していますが、本当はとてもシンプルなことだと思います。地球に生きるあらゆる命を大切にする。間違えたら、反省し、謝って新たな道を探る。当たり前のことを当たり前に望みたい。

だから私たちは、命の平和に原発も戦争もいらない。

だから私たちは、あきらめない。


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2015.9.23 さようなら原発 さようなら戦争 集会スピーチ


皆さん、こんにちは。福島から参りました、武藤類子です。

今日も、福島からバスでやって来た仲間たちがいます。遠い避難先からやって来た仲間もいます。

東京電力が起こした福島原発事故は終わっていません。今も被害は広がり、続いています。日々、福島で起きていることの多くは、マスメディアで報道されることもありません。
2015年、秋。あれから4年半。

ほのかに色付き始めた福島の森はなお美しく、水は清冽な音をたて流れて行きます。野には紫のアザミや青いツユ草が揺れています。

でも、森の中の朽ちた樹木に見え隠れするキノコを食べることはできません。アケビ、ナツハゼ、ハシバミ、秋の稔りを素直に喜ぶことはできません。物言わずじっとたたずむ植物たちに、変わらず生を営む鳥や虫や獣たちに、何が起こっているのでしょうか。

毎日大量の汚染水が流される海で、魚や海の生き物たちはどうしているのでしょうか。

大地や樹木、アスファルトに入り込み、今も発せられる放射線はあらゆる命に何をもたらすのでしょうか。

豊かな生命を育む、大地も森も水も風も深い傷を負ったままです。

福島県は今、帰還と復興の激しい流れに呑み込まれています。

国と福島県は、放射線量がまだ十分下がりきらない地域の避難指定を解除し、避難者の借り上げ住宅制度の廃止や賠償の打ち切りを、当事者の声を十分に聴かぬままに決めました。

オリンピックに注がれる莫大なお金で何人の避難者の生活が保障されるでしょう。

図書館や、郵便局や、コンビニにも置かれている、環境省の放射線教育漫画には、9の真実に1の嘘を潜ませています。

福島県の小学5年生が全員訪れることになる放射線教育施設の完成が近づき、子どもの応募により愛称が決まりました。小学生の時「原子力 明るい未来の エネルギー」という標語を作った大沼さんは、事故後に心を痛めていました。原発安全神話の次には放射線安全神話が作られて流布されています。

修学旅行の高校生や見学ツアーの中学生が福島を訪れます。

放射能安全神話と固く結びついた帰還政策は、被曝への警戒心や健康不安への言葉を封じ込めます。帰還政策とは、放射能がある場所へ我慢して帰って暮らせと言うことです。

多発であるという警告を受けて、早急な調査と対策がされるべき小児甲状腺癌は、増え続けています。

福島県の災害関連死は、津波で亡くなった人をはるかに超えました。ふるさとへの郷愁と放射能への不安のはざまで、精神の疲れは限界です。

そんな中、川内原発は再稼働し、次は伊方原発の再稼働が目論まれています。福島の次からは、原発事故が起きても賠償が大きく制限されるという制度が、経産省の小さな委員会でひそかに決められようとしています。原発を造ってきたメーカーやゼネコンは、責任を負うこともなく放射性廃棄物の処理で再び利益を上げています。
過去の過ちを反省せず、多くの国民の反対を押し切って推し進める。これは、憲法違反の安保法案が、安倍政権の暴挙によって決められたことと重なります。多くの市民の枯れ果てるまでに上げ続ける声を聞かずに決めたこととも同じです。

過酷な被曝労働は、日本中で仕事を求める人々の受け皿になっています。今度は兵役がその受け皿になるのでしょうか。

戦争も原発事故も、起きてしまったことから学ばなければ、悲劇は何度でも繰り返されるのです。犠牲になった人々の怒りと悲しみは決して慰められはしません。

国土を失い、平和を失い、民主主義を失うものは、原発と戦争です。

人権を侵害し、命を冒とくし、生きる尊厳を奪います。

ぼんやりとうごめいていた不穏なものは、はっきりと姿を現してきました。

私たちは自覚しなければなりません。

国が子どもを守ろうとしないことを。

被害者が切り捨てられていくことを。

原発関連企業がその罪を問われないことを。

政府が国民の声を無視することを。

この呆然とする現実を前に、膝をつき言葉を無くす日々があります。

起き上がれずに、目を背けたい朝があります。

でも、私たちは自分を無力だと思わなくていいのです。

「9条守れ」「戦争いやだ」のプラカードを手に、雨の中も国会の前に立ち尽くす何万という人々がいました。

年齢や立場、党派をも超えて共に闘う人々がいました。

原発事故の被害者たちは共に手を繋ぐことを約束しました。

全国散り散りになった避難者も、繋がっていこうと動き出しました。

刑事責任を問わない検察庁の代わりに、市民による検察審査会は、刑事裁判への扉を開きました。

それは、長い間コツコツと、平和と原発反対を訴え続けて来た人々から繋がっています。

緑の田んぼを渡る風のように、爽やかに吹き渡っていく若者たち。

子どもを胸に抱きながら汗を光らせマイクを握る、戦争法案反対を訴える母親たち。

そのシンプルで率直な感性とまぶしさは、私たちの世代が乗り越えられなかったものをやすやすと超えていくでしょう。わたしは彼らの心優しい賢さに学びたいです。

どんな暗がりにあっても、私たちは確かな明かりを一つずつ灯していこう。

今はまだ冷たい雪の下の一粒の種であっても、やがて一輪の花を咲かせる者たちを、心して待とう。

私たちは、戦争法案にも、原発社会にも閉じ込められない、愛に満ちた自由な者たちです。そのことを、繰り返し思い出しましょう。

自分を大好きでいましょう。共に歩むものを大切にしましょう。誰も私たちの想いを止めることはできません。

原発も戦争も無い世界を、私たちひとりひとりが創っていきましょう。

posted by おんな100 at 19:12| 福島 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月11日

川内原発再稼働に抗議する!

8月11日午前10時半、川内原発1号機が再稼働されました。電力不足も起きていない状況で、火山学者たちの警告を無視し、国民の過半数を超える反対を押し切り、福島の犠牲も踏みにじり、なぜ再稼働が強行されたのか、理解に苦しむところです。

政府が、原発を進める理由として主張してきたストーリーは、「原発が止まると電力不足が起こり、日本経済に打撃を与える。電気代も高騰する。ベースロード電源としてコストの安い原発は不可欠。地球温暖化の抑制にも寄与する」のだから、「独立した専門機関である原子力規制委員会が、新規制基準に適合すると判断した炉は、速やかに再稼働する」というものでした。そして、このストーリーのすべてがウソであることは、多くの賢明な国民が知るところです。

民意が、「再稼働反対」「脱原発」を主張し続けているにも関わらず、甘すぎる新規制基準を「世界で最も厳しい」と標榜し、その甘い基準に形の上で適合すれば合格とみなす…こんな判断で、国民の命を危険に晒していいのでしょうか。このようなリスクこそ、国民の生命と財産、幸福を根底から覆す存立危機事態であると思います。政府は、福島原発事故から、何を学んだのでしょうか。「低線量被曝は健康影響がないと言い張ればいいのだ」というのでしょうか。

原発いらない福島の女たちのメンバーは、川内原発ゲート前に2人が駆け付けております。地元に残ったメンバーも、郡山駅前(ヨドバシカメラ前、丸井跡地前など)で、スタンディングを行っています。「福島の轍を踏むな」の想いでこれからも、原発再稼働反対と再生可能エネルギーへの転換を訴えてまいります。

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posted by おんな100 at 22:02| 福島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする